経済交流懇話会 荒木隆夫 
小川和久 国際政治・軍事アナリスト

第17回講演 「地域を富ませる指導者とは
小川様は危機管理の第一人者としての立場から「国際水準で地域の安全を考え、世界と地域経済を直結させるほどの指導者でなければ、冷え込んだ地域を活性化することはできない」との考えをもっておられます。

第1回講演 「安全なくして繁栄なし」

小川様は現在、国際政治・軍事アナリストとしてテレビや活字メディアに登場する傍ら、危機管理の第一人者として多くの公職でも活躍しておられます。また、八代出身として地元から大変親しみをもたれております。

肩書き
国際政治・軍事アナリスト

略歴
1945年12月、熊本県葦北郡(現・八代市)生まれ。
中学卒業後、経済的事情により第7期自衛隊生徒として
陸上自衛隊生徒教育隊に入隊。
続いて、陸上自衛隊航空学校、同・霞ヶ浦分校で航空機整備を学ぶ。
この時期、神奈川県立湘南高等学校通信制で併学する。
同志社大学神学部を中退後、日本海新聞(鳥取の県紙)で
司法・教育・労働・県政を担当する。
日本海新聞の倒産で、講談社『週刊現代』の記者となり、
9年間にわたって政治・社会問題を担当。
1984年3月、日本初の軍事アナリストとして独立する。

役職
(株)危機管理総合研究所代表取締役研究所長

委員等
(特定非営利活動法人)日本紛争予防センター理事(2005年〜)
総務省消防庁・消防審議会委員(2003年〜)
国土交通省・海上保安庁政策懇談会委員(2002年〜)
総務省・住民基本台帳ネットワークシステム検討委員(2002年〜)
総務省消防庁・常備消防体制検討委員会委員(2002年〜)
総務省消防庁・防災・危機管理教育のあり方に関する
調査懇談会委員(2002年〜)
(財)日本消防設備安全センター・消防防災I T 未来懇談会主査(2002年〜)
内閣官房・危機管理研究会主査(2001年〜)
内閣府・沖縄振興開発審議会専門委員(1999年〜)
内閣府・ドクターヘリ調査検討委員会委員(1999年〜)
自由民主党総合政策研究所政策委員(外交・安全保障)(1990年〜)
(財)日本国際政治学会評議委員(2000年〜)
沖縄県・沖縄国際平和研究所基本計画検討委員(1996年〜1997年)
(財)国際協力推進協会参与(外務省所管、1992年〜2000年) ほか

講師等
人事院上級職国家公務員研修講師(安全保障)(1991年〜)
防衛庁統合幕僚学校研修講師(国際政治)(1991年〜)
陸上自衛隊幹部学校研修講師(幹部高級課程、危機管理)(1991年〜)
航空自衛隊幹部学校研修講師(幹部高級課程、危機管理)(1991年〜)
大韓民国政府上級職国家公務員研修講師
(人事院所轄、日本の安全保障政策)(1995年〜)
共同通信社・政経懇話会講師(1984年〜)
時事通信社・内外情勢調査会講師(1994年〜)
  ほか

主な著作
(単行本)
「新しい日本の安全保障を考える」(04年12月、共著、自由国民社)
「日本のジャーナリズムとは何か 情報革命下で漂流する第四の権力」
(04年3月、共著、ミネルヴァ書房)
「アメリカのネットワーク・セキュリティの現状」(03年9月、政府資料)
「イラク戦争 検証と展望」(03年7月、共著、岩波書店)
「アメリカの対テロ部隊」(02年9月、監訳、並木書房)
「日本は「国境」を守れるか」(02年7月、青春出版社)
「危機と戦う テロ・災害・戦争にどう立ち向かうか」(01年11月、新潮社)
「対テロリズム戦争」(01年11月、共著、中央公論新社)
「生物化学兵器」(00年10月、監訳、啓正社)
「中国における旧日本軍化学兵器処理問題に関する調査」
(00年3月、政府参考資料)
「ヘリはなぜ飛ばなかったか 阪神大震災の教訓」(98年1月、文藝春秋)
「日米安保と沖縄問題」(97年5月、共著、社会評論社)
「北朝鮮軍動く」(96年11月、共著、文藝春秋)
「ニュースを疑え!」(96年11月、近代文藝社)
「日本の針路 真の「国益」を求めて」(96年8月、共著、徳間書店)
「ヤマトンチュの大罪 日米安保の死角を撃つ」(96年2月、小学館)
「災害時における人工衛星・航空機の運用に関する調査報告書」
(95年7月、政府資料)
「LA危機管理マニュアル」(95年7月、集英社)
「新・北朝鮮と日本 朝鮮半島の有事と日本の危機管理」
(94年9月、東洋経済新報社)
など


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