経済交流懇話会 荒木隆夫 
片岡都美   ホテルプリンセスガーデン 代表取締役社長

第4回講演 「もう女性は黙っていられない!」
片岡様はビジネスで活躍される傍ら、「日本再生の原動力は強力なリーダーシップと爆発力にある」ということで、女性経営者の会を統率し、亡国の淵にある日本を救うべく各界の指導者たちを叱咤激励するなど、その行動力はメディアも注目するところであります。
また、フジモリ元ペルー大統領に対して、ペルー大使公邸占拠事件で人質を無事に解放してもらったことに多大な恩を感じ、私財を投じて次期ペルー大統領選に向け復帰させるべく強力なサポートをしておられます。熊本県民として頭が下がる思いであります。

昭和40年、岐阜県多治見市生まれ。
平成13年に出版した自伝『愛して止まず』(日新報道)などによれば、中学まで成績と腕力で負け知らずという破天荒なお嬢様だったという。

中学卒業後、約6年間、米ロサンゼルスに留学。
当時、同級生だったアラブのプリンスとのロマンスをきっかけに、米社交界の名士との華麗な交友関係も広がった。

昭和62年、ロサンゼルス・シティーカレッジを卒業後、ワシントン市に置くロビングカンパニー東京支社に就職。
この間、英語の通訳派遣会社を自ら経営し、各国からの来賓のコーディネーター役を務める。

かつて仏社交界で“東洋の真珠”と呼ばれた、あのデヴィ夫人とも「お友達です」。今も人脈は日本の政財界のみならず国際社会の紳士まで幅広い交遊をお持ちであります。

バブル崩壊後の平成4年、反社会的勢力が群がって経営難に陥っていた「ホテル三條苑」の社長に25歳で就任。名称を「ホテルプリンセスガーデン」と改め、絡んだ糸を解きほぐし、ホテルに高級エステを設置するなどし、わずか2年で黒字化を図る“離れ業”を演じ、テレビや雑誌で紹介されるなどスポットライトを浴びた。実力派の女性社長として注目を浴びています。
昨春、知人に紹介され、フジモリ氏と頻繁に会っていることも「日本人にはペルーの大使公邸占拠事件で人質を無事に解放してもらった恩がある。だから、彼が困っているとき、できる限りのサポートをさせてもらっている」と説明される。

そんな片岡社長が、フジモリ氏との「色恋沙汰にかかわっているヒマはない」と断言したのは、4年前、太平洋戦争で“神風特別攻撃隊”を創設し、終戦後に自決した大西瀧治郎海軍中将の存在を知ったため。
「運命が変わった。それまでは政界から財界まで色々な男性とお付き合いもありましたけど、なんのため生きているのか考え直して…。事業での成功も朝露のごとく消えていくものと思った」
失業者があふれ、自殺者が3万人を超えても、政治家が景気回復に有効な手立てを講じない現状を「このままでは日本は滅びる」と憂い、「私は日本を救うため命もかける」とまで言い切る



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